
真言僧として
三十数年ぶりに高野山に登り一ヶ月滞在しました。真言僧侶として学問の最高峰の過程を無事終了することが出来ました。高野山といえば、絵になるのが伽藍の御影堂です。このお堂に保管されている過去帳に「榮寛」と記すことも出来ました。
この過去帳には一年に数名づつ、学会という過程を修したもののみ書き加えることを許されます。我が宗団が継続する限り大切に御影堂に保管され、一年に一度だけ金剛峯寺の奥書院に運ばれ、一人づつ名前を書くわけです。
とても光栄の瞬間でしたが、三十日間の修行の日々は並大抵のものではなく、精神も肉体もその昔に一年間を過ごした頃とは大違いでした。なによりも記憶力の低下には我ながら驚かされました。
学会を終了することで、私は真言僧として更なる段階に移り、日々修行を忘れることなく持続することで、新たに真言僧侶をめざすものたちのお手本的存在になったわけです。えらい世界に足を踏み入れてしまったものです。
また、日頃はとても慌ただしい毎日を送り、時間に追われる毎日を送っている身にとっては、高野山の時の流れはあまりにもゆったり過ぎるもので、元気なのにすべき仕事が見つからない五蘊盛苦の世界に、右往左往いたしまいた。ある種、現代人のもつ病的な部分がさらけ出された様です。
これからは少しでも多く仏様と対話の時間を持つことで僧侶としての生活を、より、意義深いものとし、多くの方々のお役に立つ様に精進、努力を積んで行こうと、新たな決心をいたしております。
平成22年新春