大河ドラマ鎌倉殿の13人・平子有長出演せず

更新日:7月6日

第23回「狩りと獲物」で、曽我事件が描かれました。

当寺の毘沙門天様は、この曽我事件に深く関わる由来をお持ちです。


「平子氏と毘沙門天」


という訳で、曽我の十朗に最初に立ち向かう武士は!と注目してみていたのですが、


↓↓↓曽我の十朗が斬り合うシーン


曽我の十朗を止める役は、高岸 宏行さん演じる仁田忠常に回ってしまいましたね、、、

ちょっと残念でした。


平子氏と毘沙門天

寺伝によれば、当山の毘沙門天像は、平安時代末期、磯子一帯を支配していた御家人「平子有長(たいらご ありなが)」の発願によるものとされています。 平子氏は、真照寺裏の山の上に居城を構え、持仏として武の神である「毘沙門天」を信仰していました。 平子有長は、建久4年(1193年)の源頼朝の催す富士野の巻狩に参加した時、日本三大仇討ちのひとつとして有名な「曽我兄弟の仇討ち事件」に遭遇します。 父のかたき工藤祐経を討ち果たした曽我兄弟は、そのまま源頼朝の陣屋に乱入しますが、その時、最初に立ち向かったのが平子有長であると、吾妻鑑に書かれています。 曽我十朗との立会で深手を負った平子有長でしたが、九死に一生を得、これも日ごろ信仰する毘沙門天のおかげと、毘沙門天像を建立したと伝わります。 その姿は、平子有長本人を模しているとも言います。 これが、現在本堂に祭られている毘沙門天像なのです。

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